思考の消化器官

色々な感想文とか。生活のこととか。

『裏山の奇人』からの引用8

図5・1のカッコ良さはわかるようなわからないような感じでしたが、図5・2はもう全然わかりませんでした。まさに奇人だと思います(褒め言葉)。

ところが、もう片方のグループであるメバエ科Conopidae(もしくはstylogasteridae)のある属Stylogasterの仲間が、もうとんでもなくカッコいいのである。トンボのように長細いスタイリッシュな胴体(雌のみ)、鋭く伸びた口吻、虹色にうっすら輝く大きな複眼と、まるで子供が悪ふざけで考えた「地球侵略を狙う悪の秘密結社の乗り物」みたいな姿だ。そして、彼らは実際そんな乗り物のように華麗に宙を舞い、地上で繰り広げられる大規模殺戮を眼下に見下ろす。低空を飛びながら、逃げまどうゴキブリに体当たりして卵を付着させる。爆撃機のようなハエだという。しかも、種類によってはゴキブリばかりか、ゴキブリを狙ってやってきた同業のヤドリバエに寄生するものさえいるらしい(Rettnmeyer, 1961; Smith & Peterson, 1987)。まさになんでもありの、規格外なハエだ。だいたい、スティロガステル(針のような腹の意)という名前がもうカッコよすぎる。ファンタジー小説に出てくるエルフ族の女戦士にいそうな名前で、中二病心をくすぐる(図5・2)。なお、このハエの仲間はいちおうハラボソメバエという和名がついているが(前田、一九九七)、中南米とアフリカに分布の中心を持ち、日本は当然のことアジア地域全体にほとんど存在しない(Smith, 1967)。

裏山の奇人 P227『第5章 極東より深愛を込めて』 より

裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)

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『裏山の奇人』からの引用7

せっかく産卵した寄生バエの卵の結末がなかなか切なかったですね。切なくも、少しコント的で笑ってしまいましたが。

獲物を求めるグンタイアリ(とくに、コロニーサイズの大きいバーチェルグンタイアリE. burchellii。以下、グンタイアリとはこの種を指す)の行列が森に攻め込んでくると、それまで地面の落ち葉や倒木裏に隠れていた小動物が、食われたくないので慌てて地表に這い出し、わらわら逃げ出す。こうして地上にいぶり出された小動物を専門に襲って食う鳥「アリドリ」というのがいる。私はそれを以前から知っていたのだが、じつはこの鳥とまったく同じ生態をもつハエも存在したのだ。アリドリとは異なり、それらのハエはいぶり出された獲物を直接捕って食うのではなく、獲物の体に産卵する寄生者である。なかでも、ゴキブリを狙うタイプのハエがとても多い。グンタイアリの進軍に驚いて飛び出す小動物のなかでも、ゴキブリの個体数は抜きん出ているからだ。これらの寄生バエはあきらかに日中しか活動しないが、ゴキブリは夜行性だ。普通の状態では、ハエは活動時間帯の異なるゴキブリを自力で探せないが、グンタイアリの力を借りればそれが可能となる。これらの寄生バエはあくまでゴキブリなどの寄生バエであってアリの寄生バエではないのだが、「隠れた獲物をいぶり出す労働」という、アリに由来する「資源」を搾取することに特化した、立派な好蟻性生物といえる。もっとも、そうやってせっかくゴキブリに産卵したとて、その後その卵の大半がゴキブリもろともアリに捕まり食われることを考えると、ハエにとってこれがどの程度効率的な寄生戦略なのかはわからないが……。

裏山の奇人 P226『第5章 極東より深愛を込めて』 より

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『裏山の奇人』からの引用6

この後、色々とあって結局は一人?だけ名前を載せた、というオチなのですが、私には二次元趣味はないのでよくわからないものの、匿名のブログではないのに潔くてカッコいいなあ、と思ってしまいました。後、博士になるのって本当に大変そうですね。今まで以上に敬うようにしたいと思います。

一つは、言うまでもなく森の生き物たち。秋から冬にかけての論文執筆たけなわの時期、友人も伴侶もいない私のすさんだ心を癒やしたのは、近所の凍てつく夜の森に潜むフユシャクやコケオニグモAraneus seminiger(図3・20)の美しさ、野ネズミの愛らしい顔だった。もう一つの大切な心の支え、それこそが私のノートパソコンの内部に巣くう「二次元美少女」たちであった…!
ご存知ない人たちのために書くと、この世にはパソコンで遊べるゲームというものが数多存在する。それらのなかでも「一八歳未満お断りのとあるジャンル」のゲームには、理由は知らないが美少女キャラクターしか登場しない。そして、こういうゲームには特殊な「薬効」があり、やはり理由はまったく不明なのだが、プレイすると体の血の巡りがとてもよくなる。その関係で酸素が脳にそこそこ行き渡るため、頭の回転が素晴らしくよくなるのである。同時に、きわめて中毒性が強く、一度手をつけるとけっしてやめられなくなるのだ。ちょっと思考がパンクしそうになれば、デスクトップ上のかわいいピンクのアイコンをダブルクリックし、統計解析でつまずきそうになれば、ピンクのアイコンをダブルクリックし、隣の部屋から不埒な声が聞こえれば、ピンクのアイコンをダブルクリックし……。いつしか、ピンクのアイコンをクリックした先の、次元の狭間の向こうで待つ「平べったい妻たち」との逢瀬をはたさずには、もうまともに論文が書けない精神状態にまで陥っていた。
一二月の中旬、博士論文の下書きの第一稿を教授に提出するころのことだった。私は一通りの内容を書き上げ、謝辞を書く段階に入っていた。私は、お世話になったよその研究所や大学その他の先生の名に連ねるように、至極当たり前に「森の生きとし生けるもの」、そして「二次元美少女」たちの名を一〇個くらい書いて提出した。二週間後、教授から添削された論文が帰ってきた。謝辞のページには、「彼女」たちの名前の全部に赤線が引かれ、「実在しますか…?」と一言。さすがに「二次元美少女の名前を学位論文の謝辞に入れてはならないのか」と教授のところへケンカしに行くのは、私のなかのヒトとして最後に残された理性が踏み留めた。とりあえず穏便にことを運ぶべく、論文審査期間中は謝辞から「彼女」たちの名前を消した状態にしたのだが、それでも私のなかでは納得が行きかね、例によって中二病的な思考を巡らせた。

裏山の奇人 P160『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

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『裏山の奇人』からの引用5

きっと日本でもあった光景なのでしょう。小さい頃に北関東の方の道路で虫が大量に車に轢かれていくのを見て悲しくなったのを思い出しました。日本だと今ではLED化しているところも多いでしょうから、いくらかは違うのでしょうかね。

日中、我々は温泉の裏手にある広大な山林に分け入ったのだが、なかの環境を見て愕然とした。いっけん、森の状態はすこぶるよく見えた(図3・14)。樹齢を重ねた巨木がいくつも立ち並び、苔むした樹幹はこの森が相当な年数を人の手で「直接」荒らされないまま佇んでいたことを、雄弁に物語っていた。ところが、虫はといえばこれが全然見つからないのだ。熱帯のジャングルというのは、もともと虫が簡単には見つからない場所なのだが、ここに関しては状況があきらかに違った。虫が「本当はいるけど巧みに隠れていて見つからない」のではなく、「本当にいないので見つからない」のだ。理由はすぐにわかった。麓の観光施設の「灯り」である。
かつてここを訪れた人に話を聞くと、少なくとも二〇年前あたりまでここの温泉はいまほど観光地化されておらず、夜間に灯りなどつかなかったらしい。それが、いまや街灯やコテージをはじめ、夜間につく灯りがものすごく多い。ほとんど観光客がよりつかないような区画にも街灯や無駄なライトアップがなされ、それが観光客の帰っていなくなった後も煌々と夜通しついているのだ。これにより、森からたくさんの虫が引き寄せられて飛んできて、そこでみな干からびて死ぬ。言ってみるなら、麓の観光地全体が巨大な「灯火トラップ」になり、ここ二十年間ほぼ毎日、森に住む虫をどんどんおびき寄せては殺し続けていたのである。当然、目当てのツノゼミなどまったくいなかった。虫の付いていない食草だけが、ただ静かに茂っているばかりだった。あれほどツノゼミがいない熱帯の森も珍しい。都市部の緑地公園のほうが、まだ種類は多い。もちろん、ここの森の場合は灯りだけでなく、いろんな要因が複合的に絡んでいるとは思うが……。

裏山の奇人 P148『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

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『裏山の奇人』からの引用4

今となってはデング熱でこういう扱いを受けることはなさそうですが、セカンド・オピニオン大事ですよね。まあ、こういう状態になってからだと自分でどうこう出来る感じでもなさそうですが…。そういえば、今年はデング熱は発生しなかったのでしょうかね。発生したとしてもまだこれからかもしれませんが、きっと今年はしっかりと対策されていたのでしょう。ありがたいことです。

担当医曰く、血小板地が血液一マイクロリットル当たり二万を切ると、血液は完全に凝固能力を失う。その結果、寝返りを打つだけで全身が内出血し、針で突いた程度の傷から大出血する。しまいには、全身の古傷、粘膜から血を噴いて死ぬ。私は知らない間に、デング熱の劇症型であるデング出血熱dengue haemorrhagic feverに移行していたのだった。しかも、「デング(デング熱とデング出血熱)」は特効薬がないため、熱が上がれば解熱剤で下げる対処療法のみなのだが、この一週間処方されていた解熱剤は、なんと出血傾向を促進するため「デング」治療では禁忌とされるアスピリンだった(Gibbons & Vaughn, 2002など:その後、アセトアミノフェンという無難な薬に変更された)。ちなみに、世界では年間五〇〇〇万~一億人近くがデング熱を発症し、うち五〇万人ほどがデング出血熱に移行し、さらにうち二万四〇〇〇人ほどが死亡している(WHO, 1997; Monath, 1994; Gubler, 1997)。
とはいえ、あきらかに「デング」の症状を示す私が、医者にそれを納得させるのは本当に大変だった。デング熱は、その激しい関節痛から別名「骨折熱」というが、医者とのやりとりで一番骨が折れた。医者は、素人の言うことだと思って、私の話をなかなか聞き入れてくれなかった。入院後、本当に危篤状態に陥ったころにようやく医者がインターネットで「デング」を調べ、どうやら私の言っていることが正しいらしいと認めたようだった。
その後、私は「デングという体」でようやく本格的な治療を受けることになった。なぜ「デング」でなく「デングという体」と言うかには、また漫才のようないきさつがある。とにかく田舎の病院なので、対輸入感染症の設備が何もなかった。医者から「間違いなく君の言う通りデングだろうけど、うちでは正確な診断ができない。当面はデングのつもりで治療するが、診断を下すために君の血液を船便で外国の研究所に送る」と言われて、開いた口が塞がらなかった。後日調べると、国内でもデングか否かを診断できる機関はいくつもあるらしい。なぜそういう近場へ持っていかないで外国に、しかも船で持って行かねばならなかったのか、いまでもわからない。

裏山の奇人 P141『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

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『裏山の奇人』からの引用3

生態系の頂点に立つような動物ならまだしも、何かに紛れて侵入してくる生物の場合はこの通りのような気がしますね。皮膚常在菌や腸内細菌などもバランスが崩れてしまうと、外部からの厄介な侵入をゆるしてしまうと言われていますからね。バランス大事。

この切り開かれた場所には、悪名高い侵略的外来種アフリカマイマイ Achatica fulicaが少なからず住み着いている。農作物を荒らす厄介者あるいは危険な病原寄生虫の運び屋として、日本の沖縄でも問題になっているカタツムリだが、東南アジアにも多い。ところがこのアフリカマイマイ、一歩でもジャングルに踏み込むとまったく見つからない。なぜなら、この森のなかにはアフリカマイマイの侵入を拒む天敵が高頻度で、しかも二種類も住んでいるからだ。一つは、大人の親指ほどの長さと太さもある巨大なホタル。もう一つがジュウタンハシリハリアリだ。前者はカタツムリを完全に食い尽くしてしまうが、後者はおそらく好んで食べないものの、行列の行く手にカタツムリが現れれば集団で攻撃を仕掛ける。軟体部を毒針で寄ってたかって刺され続けると、アフリカマイマイはその場でぐったりして死ぬ。在来種のカタツムリならば、たぶん殻口に厚いフタを持ったり、天敵が多い地表を避けて生活するなど、長らく共存してきた大型ホタルやアリの攻撃を避ける術を持っているのだと思う。だが、よそもののアフリカマイマイにはそれがないので、あっさりやられてしまう。かくして、外来種の森への侵攻は防がれるのだ。このジャングル内のすべてのハビタットは、こうしたホタルやアリはもちろんのこと、すでに多くの在来の生き物たちが占拠している。外来種の入り込む余地など、最初からないのである。
昨今、外来種の侵入が各地で問題になる世だが、もともとの生態系や生物多様性が保たれた状態の地域なら、たとえよそからへんな生き物が入り込もうとしても定着できずに終わるものだ。外来種に入られてから莫大な予算を投じて防除に四苦八苦するよりは、現地の生物多様性を温存し続けるほうが、よほど安上がりで確実な外来種対策ではないのか。アリに、無言でそう語りかけられた気がした。

裏山の奇人 P120『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

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『裏山の奇人』からの引用2

ファイヤーアント、厄介ですねえ。コロニーの中にそんなにたくさんの女王が存在していたら、それは根絶出来ないはずです。日本本土にはまだ侵入例がないと思いますが、いつかは侵入してくるのでしょうかね。今のうちから、環境負荷の小さな対応策があると安心感あります。もちろん、侵入されないのが第一ですけれども。

近年、物資の移送にともなって繁殖力の強い侵略的外来種アリが侵入し、その土地固有の生態系、あるいは人間の経済活動に大きな悪影響を与える事例が、地球規模で起きている。こうした人為的な要因で分布を広げるアリのことを、「放浪種」とも言う。

---中略---

こういうアリは、一度定着すると駆除が難しい。アリの巣というのは女王を殺せば消滅すると思われているが、放浪種の場合一コロニー内に女王が何十匹もいるから、たった一匹でも女王を駆除しそこねれば元の木阿弥だ。諸外国ではこうしたアリを駆除するため強力な殺虫剤を撒いた歴史もあるが、それらはたいてい環境を汚染し、生態系を撹乱しただけで終わっている(東ら、二〇〇八)。各国の研究者たちが、これら厄介な外来種アリの防除法の開発に躍起になっているが、いまだ決定打が打ち出せずにいるのだ。
そんな防除法のなかで比較的うまく行きそうな様相を呈するものの一つに、アリのスペシャリスト天敵、つまり好蟻性生物の利用がある。例えば、いまや世界各地に分布を拡大した毒アリ・ファイヤーアント(アカヒアリ)Solenopsis invictaは、様々な移入国先で猛烈に大繁殖し、その強力な毒針で土着性物の生息、はては人間の健康まで脅かしている。しかし、その原産国とされる中南米では、こうした「暴走」は認められない。なぜなら、原産国にはこの毒アリと古くから関わり続けてきた多くの好蟻性生物(寄生性ノミバエ、病原性微生物)がおり、これらの寄生や捕食が毒アリの増殖を抑えているからだ(図2・30)。南米では、じつに一〇〇種近い好蟻性生物がファイヤーアントと関わり、そのうちのいくつかは有力な天敵として作用する可能性がある(Wojcik, 1990)。現在、この毒アリの侵入地域では試験的に寄生性ノミバエを放すことで、一定の防除成果がでているようだ。もっとも、天敵というのはあくまで害虫の密度を抑えるのには役立つが、滅ぼすことはできないものである。自らの餌を滅ぶまで狩りつくすバカな動物は人間くらいしかいないことは、昨今のウナギやマグロをめぐる状況を見ればわかるだろう。しかし、こうしたファイヤーアントの天敵は、ファイヤーアントだけを標的にするはずなので、殺虫剤の散布に比べれば土着生態系に与える負荷は最小限に抑えられるはずだ。

裏山の奇人 P109『第2章 あの裏山で待ってる』 より

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