思考の消化器官

色々な感想文とか。生活のこととか。

『裏山の奇人』からの引用5

きっと日本でもあった光景なのでしょう。小さい頃に北関東の方の道路で虫が大量に車に轢かれていくのを見て悲しくなったのを思い出しました。日本だと今ではLED化しているところも多いでしょうから、いくらかは違うのでしょうかね。

日中、我々は温泉の裏手にある広大な山林に分け入ったのだが、なかの環境を見て愕然とした。いっけん、森の状態はすこぶるよく見えた(図3・14)。樹齢を重ねた巨木がいくつも立ち並び、苔むした樹幹はこの森が相当な年数を人の手で「直接」荒らされないまま佇んでいたことを、雄弁に物語っていた。ところが、虫はといえばこれが全然見つからないのだ。熱帯のジャングルというのは、もともと虫が簡単には見つからない場所なのだが、ここに関しては状況があきらかに違った。虫が「本当はいるけど巧みに隠れていて見つからない」のではなく、「本当にいないので見つからない」のだ。理由はすぐにわかった。麓の観光施設の「灯り」である。
かつてここを訪れた人に話を聞くと、少なくとも二〇年前あたりまでここの温泉はいまほど観光地化されておらず、夜間に灯りなどつかなかったらしい。それが、いまや街灯やコテージをはじめ、夜間につく灯りがものすごく多い。ほとんど観光客がよりつかないような区画にも街灯や無駄なライトアップがなされ、それが観光客の帰っていなくなった後も煌々と夜通しついているのだ。これにより、森からたくさんの虫が引き寄せられて飛んできて、そこでみな干からびて死ぬ。言ってみるなら、麓の観光地全体が巨大な「灯火トラップ」になり、ここ二十年間ほぼ毎日、森に住む虫をどんどんおびき寄せては殺し続けていたのである。当然、目当てのツノゼミなどまったくいなかった。虫の付いていない食草だけが、ただ静かに茂っているばかりだった。あれほどツノゼミがいない熱帯の森も珍しい。都市部の緑地公園のほうが、まだ種類は多い。もちろん、ここの森の場合は灯りだけでなく、いろんな要因が複合的に絡んでいるとは思うが……。

裏山の奇人 P148『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)

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