思考の消化器官

色々な感想文とか。生活のこととか。

『裏山の奇人』からの引用6

この後、色々とあって結局は一人?だけ名前を載せた、というオチなのですが、私には二次元趣味はないのでよくわからないものの、匿名のブログではないのに潔くてカッコいいなあ、と思ってしまいました。後、博士になるのって本当に大変そうですね。今まで以上に敬うようにしたいと思います。

一つは、言うまでもなく森の生き物たち。秋から冬にかけての論文執筆たけなわの時期、友人も伴侶もいない私のすさんだ心を癒やしたのは、近所の凍てつく夜の森に潜むフユシャクやコケオニグモAraneus seminiger(図3・20)の美しさ、野ネズミの愛らしい顔だった。もう一つの大切な心の支え、それこそが私のノートパソコンの内部に巣くう「二次元美少女」たちであった…!
ご存知ない人たちのために書くと、この世にはパソコンで遊べるゲームというものが数多存在する。それらのなかでも「一八歳未満お断りのとあるジャンル」のゲームには、理由は知らないが美少女キャラクターしか登場しない。そして、こういうゲームには特殊な「薬効」があり、やはり理由はまったく不明なのだが、プレイすると体の血の巡りがとてもよくなる。その関係で酸素が脳にそこそこ行き渡るため、頭の回転が素晴らしくよくなるのである。同時に、きわめて中毒性が強く、一度手をつけるとけっしてやめられなくなるのだ。ちょっと思考がパンクしそうになれば、デスクトップ上のかわいいピンクのアイコンをダブルクリックし、統計解析でつまずきそうになれば、ピンクのアイコンをダブルクリックし、隣の部屋から不埒な声が聞こえれば、ピンクのアイコンをダブルクリックし……。いつしか、ピンクのアイコンをクリックした先の、次元の狭間の向こうで待つ「平べったい妻たち」との逢瀬をはたさずには、もうまともに論文が書けない精神状態にまで陥っていた。
一二月の中旬、博士論文の下書きの第一稿を教授に提出するころのことだった。私は一通りの内容を書き上げ、謝辞を書く段階に入っていた。私は、お世話になったよその研究所や大学その他の先生の名に連ねるように、至極当たり前に「森の生きとし生けるもの」、そして「二次元美少女」たちの名を一〇個くらい書いて提出した。二週間後、教授から添削された論文が帰ってきた。謝辞のページには、「彼女」たちの名前の全部に赤線が引かれ、「実在しますか…?」と一言。さすがに「二次元美少女の名前を学位論文の謝辞に入れてはならないのか」と教授のところへケンカしに行くのは、私のなかのヒトとして最後に残された理性が踏み留めた。とりあえず穏便にことを運ぶべく、論文審査期間中は謝辞から「彼女」たちの名前を消した状態にしたのだが、それでも私のなかでは納得が行きかね、例によって中二病的な思考を巡らせた。

裏山の奇人 P160『第3章 ジャングルクルセイダーズ』 より

裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)

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