思考の消化器官

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『皮膚感覚の不思議』からの引用3

痛みの感じ方は単純ではない、というお話。恐怖感が強ければそれだけ痛みも増すということですよね。注射の針を見ていたり、歯医者で音を聞いているとより痛みが増すということでしょう。痛い目にあったら、必死に念ずれば救われますかね。

第二次世界大戦のイタリア戦線で、アメリカ軍の軍医ビーチャーは驚くべき見聞をした。
野戦病院に運び込まれる兵士たちは、腕を失ったり、腹や胸に深い傷を負っていたのにもかかわらず、痛みをほとんど感じていないのだ。痛みを和らげるモルヒネを打ってくれと訴えた兵士は三分の一に過ぎなかった。兵士たちは別にショック状態で痛みを感じていないわけではなかった。なぜなら、彼らに静脈注射をしようとしてうまく針が刺さらなかったりすると、普通の人と同じように強い痛みを訴えたからである。
ビーチャーは帰国後、ハーバード大学に帰り、骨や腹、胸などに戦場の兵士と同程度の傷を負っている手術後の患者の痛みについて調べてみた。彼らの実に八〇%は、痛みに耐えられないためモルヒネを必要とし、それを必要としない患者はわずか一七%しかいなかった。
なぜ戦場の兵士は痛みを感じなかったのか。前線での戦闘に夢中になるあまり、傷を負ったことに気づかなかったわけではない。彼らは負傷したことを明らかに意識していた。
実は彼らは、重傷を負ったことで、戦場から離れられ、故郷に帰れることに安心したり感謝したりしていたのだ。もちろん戦友を見捨てることに対する罪悪感や、負傷したことに対する困惑などはあった。しかしそれよりも、生きて帰国できることへの喜びや安堵感のほうが勝っていたのである。
それに対して一般市民にとっての手術後の痛みは、治癒するか否かといった不安や、休職をはじめ経済的な問題などの否定的な事態が絡まりあっている。このように痛みは、それがどのような意味をもつのか、ということによって感じ方が大きく変わってくるものなのだ。
さらに痛みの感じ方は、その痛みに対してあらかじめもっている考え方、すなわち「思い込み」の効果も大きいことがわかっている。先に述べたコグヒルらの研究では、同じ刺激を与えても、痛みが大きいと思い込むと、脳の「島」や前帯状回の血流が増えて、実際に感じる痛みも一・五倍にも膨れ上がるそうである。たとえば、過去に似たような場面で感じた痛みの記憶や、他人からどの程度痛いのかを聞いたり、想像したりすることで、痛みの思い込みは増すという。「心頭滅却すれば火もまた涼し」とまではいかなくても、念ずれば鎮痛効果は期待できる。

皮膚感覚の不思議―「皮膚」と「心」の身体心理学 P74『2-2 人それぞれの「痛み」』 より

皮膚感覚の不思議―「皮膚」と「心」の身体心理学 (ブルーバックス)

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