『食の文化史』からの引用4
さすがに夏目漱石のお話は嘘臭いですよねえ。いくら江戸っ子だとしても、水田と稲がわからない、ということもないとは思うのですが…。ただ、稲でなくても、TVや写真のなかった時代には自分の目で実際に見たことがなかった物を知らない、というのは今とは比較にならないくらいたくさんあったことでしょうね。
江戸っ子の夏目漱石が、ある農村へ旅行したとき、水田を見て「あの草は何か」とそばの者に聞いた、という話は有名だ。私自身、日本人二世の学者夫婦を案内していたとき、「いたるところで見かけるあの禾本科植物はなんという名か」と、短軀、黄顔で、めがねをかけた、どこからみても日本人の中年男に見えるその学者に聞かれて絶句したことがある。しかし、汽車の窓から、平野のあるかぎりつづく水田は、たしかに目立つながめである。
漱石の話は、漱石自身、米どころである愛媛県松山の中学に奉職して『坊っちゃん』をものしたぐらいだから、稲を知らなかったというのもちょっとまゆつばだが、この話がめずらしい逸話としてのこっているほど、すべての日本人は稲を知っているわけである。
食の文化史 P65『米食の歴史』 より
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