思考の消化器官

色々な感想文とか。生活のこととか。

『裏山の奇人』からの引用1

小学生の遊びにしてはハードですよね。スズメバチの使い魔とか最強すぎる気がします。ちょっと真似出来る気がしません。

夏によくやったのは、スズメバチを使った「使い魔遊び」だった。夏、園内のツツジの植え込みにヤブカラシ Cayratia japonicaが繁茂するのだが、この花の蜜を求めて多くのハエと、それを狩るコガタスズメバチ Vespa analisが飛来する(図1・7)。このハチに、餌を渡して手懐けるという遊びである。
あらかじめ周辺の草むらで大きめのエンマコオロギ Teleogryllus emmaを捕らえておき、ハチの来る茂みで待ち伏せる。ハチが飛来したらこれを手で持って差し出す。すると、ハチは素早く私の手に止まり、コオロギをその場で噛み殺して肉団子にする。ハチが手の上で肉団子を作っている間に、なるべく茂みのそばの開けた道路や芝生に歩いて移動しておく。ハチは肉団子を持ち運べるサイズに調整すると、やがて私の手から飛び立つ。常に頭をこちらに向け、ゆっくり螺旋を描いて私の周りを飛びながら上昇する。まだ私の手に残っている肉団子の残骸を取りに戻ってくるつもりなので、私の顔、体勢、立っている地形を「餌場」として正確に記憶しているのだ。高さ五メートルくらいまで上昇すると、巣の方向へ一直線に飛び去る。それからおよそ五分後、またあのハチがここに戻ってくる。そうしたら、最初にハチに餌を渡した場所に立ち、餌を渡したときの体勢を取る。これにより、ハチは私を「餌場」と再認識し、また私の手のひらに舞い降りるのである。先刻と同じ固体か否かは、触覚の欠け方や翅のたたみぐせですぐわかる。つまるところ、これは長野県でクロスズメバチ Vespula flavicepsの「ハチの子」をとる人々が、ハチに魚肉を持たせてその跡を追い、巣の場所を突き止める「スガレ追い」の追わないバージョンである。
この遊びで重要なのは、獲物のサイズだ。スズメバチは、基本的に自分が見つけた餌は自分で全部回収せねば気がすまない習性を持つ。最初に一度で運びきれる量の餌を渡してしまうと、ハチは二度と戻ってこないが、エンマコオロギの終齢幼虫以上の個体なら、二度三度取りに戻らないと全部回収できない肉量なので最適である。これを繰り返すと、やがて餌を持っていなくても私がそのヤブカラシの茂みの周辺にさえいれば、この個体は餌をねだって私につきまとい、周囲をホバリングするようになった。私がスッと手を差し出すと、ハチは何も持っていないその手に止まり、餌がないか調べる。その様子が可愛くて仕方がなかった。しかも、ある個体はその後餌をいっさいやらなかったのに、一週間弱は毎日そこで私の姿を見れば私のもとに飛んできて、餌をねだる行動を示した。彼らの記憶力はかなり優れているように思えた。
道行く通行人は、こんな遊びをしている小学生を見て何を思っただろうか。

裏山の奇人 P15『第1章 奇人大地に立つ』 より

裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)

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