『クマムシ?! 小さな怪物』からの引用4
まったく影響力のないブログではありますが、読んだ本から自分が気になった部分だけを引用することで、私もこういったフィクションを仕立て上げる片棒を担いでいる可能性は十分にありますよね。著者の方からしたら、「そこだけ抜き出すなよ」という抜き出し方をしている可能性もありますし。そんな訳で引用部で気になったところがあった方はぜひ買って確認してみてください。
さて、そろそろクマムシが乾燥した状態で一二〇年も生き続けるという話は本当なのかどうかについて述べることにしよう。
---中略---しかし、不思議なことにどの文献にも典拠が出ていないのである。通常、このような重大な情報には必ずもとになる論文が典拠として示されるのだが、これは非常に不思議なことだった。それはクマムシ初心者のわたしだけが疑問に思っていたのではなかったらしく、まさにこのことをテーマにした報告がヨェンソンとベルトラーニによって二〇〇一年に発表された。『クマムシの長期生存にまつわるファクツ(事実)とフィクション』(Jönsson, K.I. and Bertolani, R., J. Zool. (Lond.)255: 121-123, 2001)と題して。
コケの標本を調べる際には、乾燥標本を水に浸すと形がもとの状態に戻るため、そのようにして観察する。するとコケと一緒に乾いていた動物たちも水を得て蘇生することになる。乾燥状態で何年も生きることができる、というのは、何年もかけて計画された実験からではなく、このような経験から言われていることなのである。乾燥した状態で一〇〇年以上も生きることができるという「伝説」も、そのような状況で出て来たのだ。
典拠らしき唯一のものは一九四八年に出たイタリア語の論文だった。フランチェスキは一二〇年前のコケの標本からクマムシをたくさん見つけたのである。しかし、その中で彼女はクマムシが蘇生したとは書いていない。「水に浸して一二日目に、ただ一匹だけ肢が震えるように伸び縮みした。それは水によって膨潤するときの普通の動きとは異なっていたため、かすかな生命のしるしだったのかもしれない」と書いたのだった。
『事実とフィクション』の中には、いったい誰がフィクションを仕立て上げたかについては書かれていない。ある研究者が「一二〇年間、乾燥保存されたコケからワムシやクマムシが蘇生した(数分後には死んでしまったが)」と書いたことがあったのは確かだ。
しかしそんな「犯人探し」よりも大切なことがあるとわたしは思う。典拠のない話を鵜呑みにして流布させてきたのは、ほかでもない、わたしたち生物学の教員なのだと自覚しなければならないだろう。科学的あるいは教科書的と信じられていることのなかには、案外このような話も多いのかもしれないのである。
クマムシ?! 小さな怪物 P95『4 クマムシはすごいのか?』 より
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