思考の消化器官

色々な感想文とか。生活のこととか。

『物語 英国の王室―おとぎ話とギリシア悲劇の間』からの引用4

どれもなかなか悲劇的なエピソードですね。昭和天皇には、友人たちが苗字を呼び捨てで呼び合うのが羨ましくて「竹山」という苗字を作って呼んでもらおうとした、という(真偽はわかりませんが)有名なほっこりエピソードがありますが、こちらにしても一歩間違えば似たような悲劇にも繋がる可能性があるのですよね。

パリの私立小学校に入ったとき、最初のアイデンティティ・クライシスに陥る。いわば自分がなにものであるかという意識を撹乱される事件が起こったのだ。入学の際、教師から名前を尋ねられて「フィリップ」とだけ答えた。だが「フィリップなにか」と問われ、「フィリップ・オブ・グリース」としか答えようがなかった。「ギリシアのフィリップ」では、名を聞いたほうも当惑するであろう。ギリシアにいたならば、国王の弟の息子、王位継承権第六位の有名人として育ち「フィリップ・オブ・グリース」で十分通じたはずだ。
だが、パリの貴族や有名人が通う私立小で「ギリシアのフィリップ」だけでは、混乱を招くだけである。自分の名前だけで、自分がだれであるかを人に分かってもらえない。その悲劇が、アイデンティティに関する自分への自問自答となってくる。かなり後になってオーストラリアに留学したとき、レンタカーを利用しようとして「フィリップ」とだけ名を書いたことがあった。姓を問われてフィリップ・オブ・グリースと認めたが、レンタカー会社から車のレンタルを拒否されたこともある。名前をめぐる混乱は、彼が一体だれであり、どの国の人間なのか、というアイデンティティの悩みを象徴する事件でもあった。だが、この悩みは名前だけでなく、結婚してからも「女王の夫」という地位に対して「俺は一体なにものなのか」というアイデンティティの危機感を募らせることになる。

物語 英国の王室―おとぎ話とギリシア悲劇の間 P69『Ⅲ 殿下のアイデンティティ危機』 より

物語 英国の王室―おとぎ話とギリシア悲劇の間 (中公新書)

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