思考の消化器官

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『人体 失敗の進化史』からの引用4

確かに言われてみて自分の踵を眺めてみると、大きいですよね。愛犬君の足を見ても、どこからが踵かわからないくらいの割合ですものね。

まず四本足の動物と私たちヒトの、足の底の部分に見られる根本的な相違が問題だ。四本足の動物はもちろん跳躍している特定の一フェーズでは四つの足が同時に地面を離れる瞬間もあろうが、基本的には、進行方向の前後のバランスに悩むことは少ない。哺乳類は多かれ少なかれ身体の前半身に重心が寄っているので、普通、後ろ足には前へ倒れそうになる力が働いている。
分かりやすい反例は、一九八〇年代半ばに車のテレビCMで一世を風靡したエリマキトカゲだろうか。爬虫類ではテールヘビーな身体の構造が一般的で、しかも後肢の筋力がかなり強い。だから、彼らは走り出そうとすると、あの名優エリマキトカゲのように、前足が空転して最後には身体が反り返っていくことになる。そういう意味では爬虫類の四肢端はあまり優れた設計になってはいないが、いずれにしてもこれは爬虫類のレベルのトラブルだ。哺乳類は後肢が前に倒れてしまうという問題を解消できれば、四本足で走る上では、後ろ足の先に本質的なトラブルは生じないだろう。それをいいことにといっては語弊があるが、競馬場のサラブレッドでも一目瞭然のように、速く走る哺乳類の多くは、指の先端の爪先だけで地面に立っている。四本足なら、爪先立ちでも前後に倒れる心配はないのだ。
しかし、ヒトで、爪先立ちをしてもいつまでも転ばないのは、ダンサーくらいのものだろう。アファール猿人もホモ・サピエンスも、四本足の動物がもっていた絶対に倒れないという設計上の利点を失ってしまった。ヒト科は、前後も左右もまったくバランスを欠く状況に最初から追い込まれてしまったといえる。後ろ足先の力学的なバランスの維持など、人の二本足への改造の結果生じた無数の不都合のただひとつでしかないのだが、それでもこのグループにとっては、歩行はもちろんのこと、ただ立っていることすら覚束なくなるという窮地だ。
それを解決したのが、ヒト科の”後肢”端の形なのだ。まず、読者は自分の踵から先をよく眺めてほしい。言われて気づくかもしれないが、人の踵に当たる部分のサイズはかなり大きい。数字嫌いの人も多いだろうから、細かく数値を出すのは後ほどにするが、実際のところ、ヒトの”踵周辺”は霊長類全体を見渡しても異様に大きい。そして、その割に指自体はあまり長くなっていないことに気づくだろう。木に登る普通のサルたちがよく後ろ足で枝や茎を握っているのを見ると、ヒトにはまるで真似のできない所作であることが分かる。要するに、ヒトの後ろ足には把握の機能は欠けているのだ。

人体 失敗の進化史 P141『第三章 前代未聞の改造品』 より

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